大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

和歌山地方裁判所 昭和48年(行ウ)2号 判決

原告

張復生

被告

和歌山大学教育学部附属中学校長

山本博之

右指定代理人

井上郁夫

〈外二名〉

主文

原告の請求を棄却する。

訴訟費用は原告の負担とする。

事実

第一、当事者の求めた裁判

一、請求の趣旨

1  被告が原告に対してなした和歌山大学教育学部附属中学校への入学不許可処分を取り消す。

2  訴訟費用は被告の負担とする。

二、本案前の答弁

1  本件訴えを却下する。

2  訴訟費用は原告の負担とする。

三、請求の趣旨に対する答弁

主文と同旨。

第二、当事者の主張

一、請求原因

1  原告は、昭和四八年三月二〇日和歌山市立吹上小学校の課程を終了した児童であるが、同年二月、和歌山大学教育学部附属中学校(以下、和大附属中学校という。)が行なつた同年四月に入学する第一学年生徒の募集に応募したところ、同附属中学校は、同月一八日入学志願者全員の選抜(以下本件選抜という。)を実施し、その結果に基づき、被告は、原告を入学不許可処分(以下、本件不許可処分という。)にした。

2  しかしながら、被告の本件不許可処分は、次の理由により違法であるから取消されるべきである。

(一) 本件選抜には、「抽せん」の方法によつた手続上の違法がある。

和大附属中学校は、中等普通教育を施すことを目的とする国立の中学校であるところ、同附属中学校が義務教育を実施するため、入学志願者全員の入学を無条件に許さなければならないものでないことは多言を要せず、また、学校教育法は中学校については教育を義務づけている関係上、入学資格について何ら規定していないところであるが、憲法二六条、教育基本法三条の根本理念および同附属中学校の特殊性等に鑑みると、入学志願者の選抜方法の決定においても、自ら一定の制約を受けるものといわねばならない。ところが、同附属中学校は、本件入学志願者の選抜方法として「抽せん」の方法を採用した。しかしながら、右の選抜方法は、単なる偶然により左右される要素が大部分であり、それ自体原始的であり非科学的であるばかりでなく、右の方法によつては、志願者の教育を受ける能力の有無まで判定しうるものではない。このことは、国民はその能力に応じて等しく教育を受ける権利を有する、という前記根本理念に反するものであるばかりでなく外国人を人種的に差別するためにとられた方法であるという疑念すら与えかねない。また、同附属中学校以外に義務教育を受けうる公立学校が他に存在するからといつて、同附属中学校が行つた右選抜方法を正当化することにはならない。

(二) さらに、本件抽せんには、次のような手続上の違法がある。

本件抽せんの具体的実施方法についてみるに、抽せんする以前からくじの入つていない封筒が用意されていて、原告はそれを引かされたもので、抽せんする前から合格しないことが決定づけられていたものである。また、本件抽せんには乱数表が用いられ、これに基づいて最終的には合格者を決定するとはいうものの、所詮乱数表の使用方法や、それ自体に偶然性の要素が存在することは否定しえないのみならず、乱数表による合格者番号の決定は、非公開で行なわれたもので、著しく公正を欠き、不明朗である。

(三) また、本件不許可処分は、外国人子女の入学についての文部省通達に違反した違法がある。

昭和三四年二月五日付の文部省大学学術局教職員養成課長村山松雄より、弘前大学教育学部長今井六哉あての「外国人子女の附属小学校入学について」と題する文書によると、外国人子女の国立大学附属小学校入学については、国際親善の見地から出来る限りの便宜を計り、入学を許可すべきである、との趣旨が認められるが、これは単に附属小学校に限らず、国立大学に附属する中学校についても当然にいいうることであり、右文書の意図する教育方針に立脚すれば、外国人として志願した唯一人の原告の入学を許可しなかつた本件処分は違法である。〈以下省略〉

理由

第一本件訴えの適否について

請求原因1の事実は当事者間に争いがない。

ところで、被告は、国立大学の附属中学校は、独自の教育目的を有するものであつて、入学者数、選抜方法およびその具体的実施方法等の決定は、学校が当該年度の教育計画、諸施設の状況等諸般の事情を総合して独自に判断すべき専権事項に属するのであつて、法律の適用によつてその当否を決定すべき事項ではなく、裁判所に対してかかる判断を訴求する本件訴えは、法律上の争訟とはいえず、不適法である、と主張するので、まずこの点について検討する。

国立大学の附属中学校は、学校教育法一条に定める学校で国によつて設置されたものであり、国立大学もしくは国立大学の学部または国立短期大学に附属して設置されている(国立学校設置法二条)。本件和大附属中学校は右規定に基づき和大教育学部に附属する中学校として設置されたものであり(同法施行規則二四条)、一般の中学校と同様に憲法に定められた義務教育課程の一環を形成し、小学校における教育の基礎のうえに、心身の発達に応じて、中等普通教育を施すことを目的としている(学校教育法三五条)ほか、教員養成を企図する教育学部独自の性格に基づき、同学部における生徒の教育に関する研究に協力し、同学部の計画にしたがい学生の教育実習の実施に当るものとされている(国立学校設置法施行規則二五条、二七条)。

和大附属中学校は、右のような固有の目的をもつて国により設置された人的、物的諸施設を含む総合的な営造物としての教育施設であり、営造物主体たる国は、自らあるいは委任により、一方的意思に基づき法令等の規則その他をもつてその利用条件(利用資格、利用者数、違反に対する規律等)を一律に定立することができるのであり、右利用条件に合致した者に対してのみ、施設利用の許可を与える権利を有する。

ところで、附属学校に関しては、国立学校設置法施行規則において、校長、事務組織等一、二の内部組織について規定するのみで、関係法規を通覧しても教育施設の利用条件、特に本件に関する入学許可手続については全く規定するところがない。したがつて、校長は、入学志願者に対する教育施設利用の許否の権限を国より委ねられているものというべきである。

しかして、右入学許否の処分にあたつては、前叙の教育学部附属中学校の地位、目的および教育施設の人的、物的規模等をも参酌し、入学志願者が右教育目的を達成するために必要な資質、知識、学力等を有するか否かを総合的に判断すべきものであつて、その性質はいわゆる自由裁量行為と解される。しかしながら、右許否処分が、何ら合理的、客観的な理由なしに著しく裁量権を逸脱し、あるいはその濫用にわたつて行使されたと認められる場合には、右処分は違法といわねばならない。

本件において、原告は入学志願者選抜手続に違法があるとして、本件不許可処分の取消を訴求するものであるから、その当否について裁判所の司法審査権がおよぶものというべきである。

なお、被告がその論拠として引用する最高裁判決は、技術士国家試験の合格・不合格の判定そのものを問題とする事案であるのに対し、本件においては、これと異り選抜手続自体に瑕疵があり、引いてそれが不許可処分の当否に影響をおよぼす場合に関するのであつて、彼此事案を異にするものといわねばならない。

第二本件請求の当否について

一先に判示の趣旨により、和大附属中学校の入学志願者選抜手続およびその具体的実施方法については、校長が、当該年度の教育計画、人的物的施設の状況、入学志願者数等諸般の事情を総合して決定すべき自由裁量に属する事項であるというべきであり、このことは、高等学校入学者選抜方法についての学校教育法施行規則第五九条の規定、教育職員養成審議会会長高坂正顕が、同審議会附属学校特別委員会の報告に基づき、文部大臣坂田道太に対し、昭和四四年一一月六日建議するところの書面(弁論の全趣旨により真正に成立したものと認められる乙第六号証の一、二)をみても明らかである。

二そこで、本件入学志願者選抜手続に原告が主張するような違法のかどがあるかどうかにつき判断する。

〈証拠〉によれば、次の事実が認められる。

1  和大附属中学校は、昭和四八年四月に入学する同校第一学年生徒の選抜方法を「公開抽せん」とすること、およびその具体的実施方法について教官会議で決定し、同大学教授会の認可を受けたところにしたがい、選抜方法を「公開抽せん」とする旨を生徒募集要項に記載し、生徒を募集したこと、

2  そして、同年二月一八日、同大学教育学部講堂において、抽せんにより入学者の選抜を実施したこと、

3  その具体的実施方法は、被告主張(事実記載第二、三、3、(1)ないし(12))の順序によつたこと、

4  合格の有無は、本抽せんのあと、係員が、抽せん番号と氏名を確認することにより一〇一から三七八の各番号札が各志願者に一札づつ引かれたことが明らかになつた時点で、合格者番号の一覧表を志願者の面前で発表し、志願者は、合格者番号と手許の本抽せん番号を照し合わせて合格か否かを判断したこと、

5  右入学者の選抜に出席した韓国籍の女子は選抜の結果合格したこと、

6  同附属中学校においては、以前から乱数表を使用し、抽せんによつて入学志願者の選抜をしていること、

〈証拠判断省略〉

原告は、本件「抽せん」という入学志願者選抜方法自体が、憲法二六条、教育基本三条の根本理念に反すると主張する。

しかしながら、憲法および教育基本法の右各条規は、すべての国民がその能力に応じて等しく教育を受ける権利を有し、人種等によつて教育上差別されない旨を宣明したものであり、このことから直ちに選抜手続が常に学力試験によらねばならないということはできず、附属学校が前叙の設置目的を実現するため固有の教育方針、計画に基づき自らの判断において、多数の入学志願者の選抜方法として抽せんの方法を採用したからといつて、何ら論難すべきいわれはない。抽せんの方法は、前記建議書の趣旨に副いこそすれ、反するものではなく、むしろ学力優秀な生徒のみを選抜する結果にならないことこそが肝要なのである。

また、原告は、本件抽せんの具体的実施方法には、原告の引いた封筒にそもそもくじが入つていなかつたり、合格者番号の決定が乱数表により、しかも非公開で行なわれた等の違法があると主張する。しかし、原告の引いた封筒にくじが入つていなかつたことを認めるべき証拠はなく、また合格者番号の決定に乱数表を使用することは何らとがむべきことではない。さらに、前記認定事実によれば、乱数表を用いて合格者番号を決定する手続が、志願者の面前ではなく、同大学教育学部会議室で行われたことは明らかであるが、それは専ら厳正を保持せんがためであり、その他全証拠を精査しても、本件抽せん手続が「公開抽せん」の趣旨に反し、ひいては右抽せんの具体的実施方法が著しく公正を欠く違法なものであつたことを認めるべき証拠はない。

さらに、原告は、本件不許可処分には、外国人子女の入学についての通達に反した違法があると主張する。原告がその根拠として挙げる、昭和三四年二月五日付文部省大学学術局教職員養成課長村山松雄より弘前大学教育学部長今井六哉あての私信(成立に争いのない乙第二号証の三)の内容は、要するに外国人子女の附属小学校入学については、その設置目的からすれば、就学義務のない外国人子女を入学させる積極的な理由はないが、国際親善等の見地から日本人の子女と同様な教育を行うことができること(日本語の理解および会話等が可能であること)など教育上支障がないときに限つて、日本人子女と同一の条件で選考を行うことは差支えないとする趣旨であり、入学志願者の選抜に際し、外国人子女に優先的な取扱をなすべきものとする趣旨ではない。他に、本件選抜手続に関し、被告が原告に対し、有利、便宜な取扱をなすべきものとする法令上の根拠はない。

その他、本件抽せんが、外国人を人種的に差別するためにとられた方法であるという疑念を与えるとか、右抽せんの具体的実施方法が著しく公正を欠くものであるとか等の事実が存在することを認めるに足りる証拠はない。

三以上によれば、本件不許可処分の取消を求める原告の本訴請求は理由がないから、これを棄却することとし、訴訟費用の負担につき、民事訴訟法八九条を適用して、主文のとおり判決する。

(新月寛 大藤敏 宮森輝雄)

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例